
日本生気象学会
Japanese Society of Biometeorology
竹村 勇司(淑徳大学)
動物福祉の目的は動物の幸せに寄与することです.その実現のために動物の「生活の質(QOL)」の向上を図ります.重要な視点として,動物の「主観」,「身体的機能」,「本来の性質の自由な発現」の3つが挙げられます.
最も有名な動物福祉の指針として,1992年の英国農用動物福祉審議会による「5つの自由」があります.「恐怖と苦悩からの自由」,「飢えと渇きからの自由」,「不快環境からの自由」,「痛み・傷害・病気からの自由」,「正常な行動を表出する自由」の5項目からなっています.「5つの自由」は,現在,農用動物に限らず広く人の管理下にある動物の福祉指針となっています.
動物福祉に配慮した畜産を動物福祉畜産と言います.21世紀の幕開けとともに急速に普及しつつある動物福祉畜産は「21世紀の畜産革命」と呼ばれることもあります.その発展の経緯を振り返って見ましょう.
農用動物の福祉向上運動
20世紀中頃から先進諸国で集約畜産(工業的施設型畜産)が急速に発達しました.1964年,英国のルース・ハリソンによる『アニマル・マシーン』の出版を契機に集約畜産における家畜の劣悪な飼育状態が関心を集め,以後,家畜福祉問題の解決に向けた動きが始まり,1992年の「5つの自由」として結実しました.
動物福祉と食の安全
1986年に英国で発生した牛海綿状脳症(BSE, 狂牛病)とその後の感染牛由来畜産物摂取による人への感染を契機として畜産食品の安全性確保が社会的要請となり,日本では,2001年の国内発生を受けて,2003年に「食品安全基本法」が制定されました.
動物福祉と人の健康
21世紀に入ると人獣共通感染症である重症急性呼吸器症候群(SARS, 2002年),新型インフルエンザ感染症(2009年),中東呼吸器症候群(MERS, 2012年),新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2感染症,2019年)などの新興感染症が相次いで発生し,人の健康と家畜の健康および生態系の健全性との間の密接な関係が認識され,人・動物・環境の相互作用の視点からの統合的な健康アプローチ(One Health Approach)の考えが浸透しました.
今日の畜産は,家畜の飼育環境や育種に起因する動物の福祉問題に加えて,畜産食品の安全性確保,人獣共通感染症の防禦などの観点からも動物福祉に基盤を置く畜産が求められています.
動物福祉に配慮した屋外飼育場の実例(筆者提供)

夏:木蔭で涼む羊

冬:避難小屋の中で雪を避ける羊
南側に落葉樹を植えると夏は日射を防ぎ,冬は日射を享受できる.北側の防風林は冬の北風を防いでいる.高い屋根と壁の上下の隙間および南面の開放が通風を良くし,小屋内の湿気を防いでいる.小屋の床を地面より高くすることにより水の浸入を防ぎ,乾燥状態を保つことができる.給水用水道は北側にあり,飼育場は南側へ向かって傾斜し,使用水は雨水とともに場外の排水路へ導かれるように設計されている.
【参考文献】
<本コラムで紹介した研究論文>
竹村勇司 2021:動物福祉を基盤とする畜産の進展,日生気誌,58(1): 3/15. https://doi.org/10.11227/seikisho.58.3