
日本生気象学会
Japanese Society of Biometeorology
永井 信(国立研究開発法人海洋研究開発機構)
我々は、日々身近な植物や動物の季節変化(生物季節)を感じながら暮らしています。生物季節と日本の伝統や文化は、切っても切り離せないものです。気候の違いにより地域によって異なりますが、入学式や入社式の時期には満開のサクラを、端午の節句には花菖蒲を、大型連休の前後にはアユの遡上を愛で、、、といったぐあいに枚挙に暇がありません。しかしながら、近年の地球温暖化などを要因とする気候変動は、生物季節を変化させ(早くなる/遅くなる)、我々が持つ従来の季節感を狂わせています。
生物季節を長期的にモニタリングする手法にはどのようなものがあるでしょうか。気象台における定点観測(たとえばソメイヨシノの開花/満開日)・タイムラプスカメラによる定点観測・衛星リモートセンシングによる広域的な観測・ウェブサイトやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、YouTubeなどにおいて公開されている文字や画像情報の解析などがあります。しかしながら、これらの手法では対象となる生物が伝統的・文化的にみて人々の関心が高いものに限定される傾向があり、技術的・物理的な制約を受けるなど問題点がありました。換言すれば、既往研究において対象となった生物は、ごく一部であったのです。
そこで筆者らは、研究対象となる生物の種を増やすべく、生態系の供給サービス(食べものを提供する)という観点に立ち、情報公開されている卸売市場の統計書を用いた新たな手法を開発しました。筆者らが対象とした岐阜市中央卸売市場年報には、月別の産地別取扱数量という項目において、食文化をはじめ当地を象徴する天然アユとサツキマス(遡河魚)の数値データがあります。アユは、10〜12月に中下流域において孵化し、直ちに海へ降河します。沿岸域で成長した後、翌年の5月に川を遡上し成長を続け、9〜10月に産卵のため上流域から中下流域へ降河します。サツキマスは、10〜11月に川で孵化し、翌年の11月に成長した一部の個体がスモルト(銀毛)化し、海へ降河します(降河せずに川に残る個体はアマゴです)。その後、海で成長を続け、翌年の5月に川を遡上し、10〜11月の産卵まで成長を続けます。このような降河/遡上季節に対応して、月別の岐阜県産の取扱数量には季節変化がみられるのでは?と仮定しました。
その結果、アユの降河季節に関して、年間総取扱量に対する10〜12各月の取扱量の割合は、データがある1982〜2021年において統計的に有意に増加する長期的な傾向がみられました(図1)。この結果は、降河期における河川水温の上昇を要因として、アユの降河季節が遅くなっていることを示唆しました。一方、サツキマスの遡上季節に関しては、長期的な傾向はみられず、アユの遡上季節とサツキマスの降河季節に関しては、禁漁期間を含むため解析が困難でした。卸売市場の取扱量データは、様々な不確実性や系統的な誤差を含むことも事実ですが、生物季節の間接的な推定と長期的なモニタリングにとって有用であると結論づけられました。

図1. 岐阜県産の天然アユに関する、年間総取扱量に対する10〜12各月の取扱量の割合(論文における図5(c)を改変して掲載)。
本コラムで紹介した研究論文
永井 信,斎藤 琢,永山 滋也(2024).卸売市場統計値によるアユとサツキマスの生物季節モニタリング.日本生気象学会雑誌,61巻1号:19-31.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikisho/61/1/61_19/_article/-char/ja