
日本生気象学会
Japanese Society of Biometeorology
齊藤宏之(独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所)
WBGT(湿球黒球温度)は,「暑さ指数」とも呼ばれ,広く熱中症対策に用いられています。WBGTを測定する方法として一般的なのは、黒球の付いたWBGT計を用いた測定ですが,本来のWBGT(ISOおよびJISで規定)は「自然湿球型」と言って、濡れたガーゼに包まれた温度計を必要としています。一方で、市販されているWBGT計には「自然湿球」の代わりに湿度センサーが使われていて、演算にて湿球温度を算出しています(これを「電子式WBGT測定器」と呼びます)。電子式WBGT測定器は2017年にJIS化されましたが、その後、日射の強い環境下において本来のWBGTとの測定原理の差による測定誤差が生じることが明らかとなりました。本論文では、どのような原因で誤差が発生するか、その誤差が補正可能かを検討した上で、実際に電子式WBGT測定器にて適用可能な補正方法の提案を行いました。
まず、実際に屋外環境で電子式WBGT測定器の測定値と、本来のWBGT値の比較を行い、誤差が生じる原因を確認しました。その結果、自然湿球温度が日射のある条件で低く測定されていることが誤差の主要因であることを突き止めました。次に、既に提唱されている湿球温度の推定式を用いて誤差が補正可能かどうかを確認したところ、自然湿球の日射による影響を加味した推定式(自然湿球の熱平衡式に基づく推定式)を用いれば、良好な補正が行われることがわかりました。これにより、測定器のハードウェアを変更することなく、適切な推定式を用いれば誤差を補正可能であることがわかりましたが、熱平衡式による推定式は煩雑で、測定器内部で演算するには不向きであることから、同じく日射の影響を把握可能な「黒球温度から乾球温度(気温)を引いた値」を用い、これに適切な係数を与えることで実用的な補正が可能であることを見出しました。
この結果は、2023年に改正された、電子式WBGT測定器に関するJIS規格(JIS B 7922:2023)に盛り込まれています。改正JIS B7922に基づいて作られた測定機(”JIS B7922:2023”と,”2023”の表記があるもの)を用いることにより、熱中症リスクの高い、日射のある環境においても誤差の少ない測定が可能となります。
熱中症対策において、WBGT値の測定は非常に重要であり、その測定値に誤差が生じないことが求められますが、本研究によって制度の高いWBGT測定器が実現できたこと、ならびに規格の改正に貢献できたことは、非常に意義深いと考えます。
図1:夏季屋外環境における,自然湿球型WBGT計と電子式WBGT計の比較
図2:(A)自然湿球の推定式の種類による,WBGT及び自然湿球温度の推定結果(推定式①,②は気温・湿度を用いた推定式,推定式③が熱平衡式に基づく推定式)
(B)「黒球温度-気温」を用いた簡易推定式の検討(aは係数を表す)
【参考文献】
<本コラムで紹介した研究論文>
齊藤宏之,澤田晋一 2022:電子式WBGT測定器における測定誤差の要因と有効かつ簡便な測定方法の検討,日本生気象学会雑誌,58(3,4), 87-93.