日本生気象学会

Japanese Society of Biometeorology

生気象学コラム

脳性麻痺者の自立と住宅熱環境

佐藤篤史(小山工業高等専門学校)

2024年8月にパリパラリンピックが開催され、心身に様々なハンディキャップを持った選手達が各種目において熱戦を繰り広げました。観戦した方はとても多くの種類の障がいがある事に気づかれたと思います。例えば車椅子使用者だけを見ても、先天性の疾病を持つ方、事故により脊髄を損傷した方、病気により体の一部を失った方などその種別や程度も様々です。パラリンピックでは競技の公平性を保つため、選手達を主に運動機能によりクラス分けをして競技を運営しています。

車椅子使用者の中に重度の脳性麻痺の方々がいます。脳性麻痺とは出産前後に何らかの原因で脳に損傷を負うものです。このため多くの方が自分の体を思うように動かせません。例えば手足を動かそうとするとこわばって硬くなる。逆に過剰に動いてしまうなどです。パラリンピックではボッチャという競技に多くの脳性麻痺方々が出場していたので、競技に取り組む姿をご覧になった方も多いと思います。

車椅子にとっての住宅のバリアというと、段差や狭い廊下などが思い浮かびますが、四肢が不自由な重度脳性麻痺のような方々には室内の温熱環境に対する適応や、室温を自分の好みに調節する行為にも見えないバリアが存在します。皆さんが暑い環境に曝された場合、末梢血管を拡張して放熱を行うなどの自律性体温調節を無意識下でおこない身体を適応させます。同時に衣服の着脱や冷房機器を操作するなどの行動性体温調節をおこない、より快適な環境に身をおこうとしているはずです。

ところが重度脳性麻痺の方々は運動機能に制限があるため行動性体温調節をうまくおこうことが出来ません。急に寒くなっても自分で衣類を着ることが出来ませんし、暑くなっても汗を拭けません。加えて冷暖房機器の操作についてもバリアがあります。筆者らが行ったアンケート調査の結果から、重度脳性麻痺の方々は特に石油ファンヒーターの操作に困難を感じている方が多いことが分かりました(図1, 原著論文 Fig. 5より改変)。一般的な石油ファンヒーターにはリモコンが付属していない機種が多く、手もとでの操作が出来ません。たとえ点火出来たとしても数時間で安全装置が働き消えてしまいます。エアコンのようにリモコンがある場合はなんとか操作できる方もいますが、指先での細かい作業が不得手の場合は温度調節が出来ません。筆者らが訪問した中には呼気スイッチ(写真1)を使用して各種機器の操作を行っている例もありました。しかし呼気スイッチに設定できる機器数には限りがあります。この方の場合は優先順位の高い電話の応答とナースコールを設定していました。冷暖房スイッチの優先順位は高くはないようです。

図1. 暖房機器の自力操作の可否についての調査結果(原著論文Fig. 5より改変)

写真1. 呼気スイッチ

ハンディキャップを持った方々の自立を促進するためには住宅の整備が必要不可欠です。見えるバリアの解消は進んできましたが温熱環境のような見えないバリアを解消していくことも、自立のための残された課題のひとつです。

<本コラムで紹介した研究論文>
佐藤篤史,三上功生,蜂巣浩生:脳性麻痺者の温熱環境に対する意識と住宅熱環境の実測調査-郡山市に居住する成人脳性麻痺者を事例として-,日本生気象学会雑誌,58巻,3-4号,57-73. 2022.

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