
日本生気象学会
Japanese Society of Biometeorology
高田 暁(神戸大学)
浴槽にお湯を張り、そこに身を浸すという入浴スタイルは、特に我が国において広く好まれていますが、長い時間、浸かりすぎると危険です。入浴時に熱中症で救急搬送される人も後を絶ちません。
もし仮に、40℃に保たれたお湯に、全身を浸していた場合、長い時間が経つと、最終的に体温は40℃に達します。通常37℃程度に保たれている深部体温がこのように上昇するのは、体にとって危険な状態です。実際に全身が浸かることは無いにしても、肩までお湯に浸している状況は、それに近いと言ってよく、ほどほどのところで、お湯から出ることが必要です。
では、どのくらいの時間の入浴がちょうどよいのでしょうか?
図1は、肩までお湯に浸かった場合の深部体温の変化を、実験室で測定した結果です。10分間で深部体温が0.2~0.3℃上昇しています。「たったそれだけ?」と思われるかもしれませんが、普段、一定に保たれている深部体温がこれだけ上昇するのは、なかなかのものです。温度上昇の幅は、最初の体の冷え方、お湯の温度、全身浴か半身浴か、などにより変わります。
いろいろな場合が考えられて、すべてを実験で調べるのは大変であるため、「人体熱モデル」(図2)を使い、コンピューター・シミュレーションで求める方法があります。体全体の温度分布を「熱収支式」により求めるもので、体温によって血流量や発汗量がどのくらいになるかを表した式が組み込まれています。
いろいろな条件について計算して、どのような入浴の仕方が良いのかを、体温上昇という観点から考えることも、安全な入浴方法を確立するうえで役立ちます。もちろん、体温だけで片付く問題ではなく、血圧の観点での検討や、体調に応じた対応の仕方を考えることも重要ですが。
普段、我々は空気中で生活しています。いくら猛暑といっても、室内で気温が40℃になることは、なかなかありません。ところが、入浴時は、40℃前後のお湯が、直接皮膚に当たります。お湯に浸かるというのは、極端な条件に身を置いていることになります。日常生活の中にあって、少しだけ非日常的な要素があり、だからこそ、気持ちが良いという感覚につながるのかもしれません。考えてみると、快なるものは、多かれ、少なかれ、危険と隣り合わせであることが多いです。こういった類のものは、ほどほどにしておくのが良いようです。

図1 入浴時の深部体温の変化(直腸温の測定結果、40℃の湯に浸かった場合と42℃の湯に浸かった場合の比較、夏季に実験)

図2 人体熱モデルの概念図(Stolwijkモデルの例)
【参考文献】
1. 高田暁, 体温調節系の解析モデル, 日本生気象学会雑誌Vol. 40. No.4, pp.225-234, 2003.
2. A. Munir, S. Takada, T. Matsushita, H. Kubo, Prediction of human thermophysiological responses during shower bathing, International Journal of Biometeorology, Vol. 54, No. 2, pp.165-178, 2010.
【本コラムで紹介した研究論文】
高田暁,野中隆,古賀弘子,近藤勲,藤川尚也,三井大地,前田享史(2022)入浴中の深部温の予測を目的とした改良型Two-nodeモデルの検証,日本生気象学会雑誌59巻3・4号:79-88. https://doi.org/10.11227/seikisho.59.79